龍生(47)176cm / 68kg
大宮 萬天堂
埼玉県(出張性感マッサージ)
08/08 10:55
都市伝説にこういう噂がある。
死ぬと“チェックポイント”まで巻き戻る力――「死に戻り」。
ただし条件は一つ、強烈な痛みと絶望を味わうこと。
観測し直せば世界はやり直せる。けれど、そのたびに体の奥が痛む。
朝、目が覚めるたびに、微かな違和感があった。
同じ人生を何度もループしている手触り。
「気のせいだ」と言い聞かせて通勤電車に揺られる。
僕は夢のために、大きな賭けに出ていた。
知り合いの投資家に誘われ、
“うまくいけばチート級”の逆転劇。
「大丈夫、俺を信じろ」
その言葉を、信じたい自分がいた。
勉強会の前、本屋で時間をつぶす。
苦労の果てに一歩ずつ夢を叶えた女性のノンフィクション。
ページの間に挟まっていたしおりには、
「毎日の積み重ねでしか成功はつかめない」
その一文だけが、掌に温度を残した。
僕はしおりをポケットに滑り込ませる。
夜更け、勉強会が終わり、街は息を潜めたみたいに静かだった。
家の手前、見覚えのない細い路地が口を開けている。
引き寄せられるまま踏み入ると、行き止まり。
踵を返そうとした瞬間、道が消えた。
壁が呼吸を始め、アスファルトが波打つ。
空気が黒く凝り、どこからか女の声が滑り込む。
「“また”戻りたければ、ここに来な。」
次の瞬間、視界が墨で塗られ、
目を開けると、路地は消え、いつもの通りへ。
“また”って、どういうことだろう。
疑問だけを連れて、眠りに落ちた。
翌朝、電話が鳴る。
「投資先が飛んだ。資金は戻らない」
言葉が耳の中で砕け、世界の輪郭が崩れる。
暗転――脳裏に、あの路地の入り口が灯った。
探す。靴底が火花になるほどに。
見つかる。喉が鳴る。
奥まで進むと、今度は逃げ道なんて最初からなかった。
黒いものが滲み、声が低く笑う。
「また来たね。そこに短剣がある。いつも通り、自分を刺しな。」
指が柄を握る。冷たい金属が、手のひらで獣になる。
胸の中央に刃先を据えると、世界が耳鳴りだけになった。
『強烈な痛みと絶望を味わうこと』――それが切符。
刃が心臓を見つめ返す。
そのとき、ポケットの中で温度が芽を出した。
しおりだ。紙切れが、春みたいに暖かい。
「もう戻るのは終わりだ。」
音にならない声が、路地全体に広がる。
「ここからは、自分の足で歩いていく。」
光が来る。
黒が砕け、壁がほどけ、空が降りてくる。
気づけば、僕はいつもの道に立っていた。
背中の汗が風に乾き、心臓がただ前だけを指す。
それからの人生は、
「強烈な痛みや絶望を味わう」という祈りに似た呪文から、
「痛みや恐怖はあっても、希望を感じる」という
日常の姿勢へと、ゆっくり形を変えた。
毎朝、同じ時間に目を覚ます。
昨日より少しだけ整った机。
ページの隙間に眠るしおり。
“毎日の積み重ねでしか成功はつかめない”。
その言葉を、今日は声に出して読む。
僕はもう、やり直しの刃を選ばない。
失敗したら、やり直すために生きる。
足の裏で距離を測り、心で時間を編む。
一歩、また一歩。
チェックポイントは、もう“死”じゃなく、
夜ごとに積み上がる小さな達成の上に置く。
ふと、夜道で振り返る。
路地はどこにもない。
代わりに、遠くの窓に灯る明かりが、
僕の一日を静かに観測している。
目を閉じ、深呼吸。
世界はやり直さない。
僕が、続ける。
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